素描、つまりデッサン(フランス語)、ドローイング(英語)の魅力は何かと自問すれば、「画家の素顔に出会えること」だと思います。油彩の完成作品は、画面の四隅にまで画家の神経が行き届き、満を持して発表する<華やかな舞台>のようなもの。
対して素描は、完成前の<舞台稽古>でしょうか。そこからはしばしば、完成形では聞こえない画家たちの肉声が漏れ伝わってくるのです。絵画の<舞台稽古>と言っても、素描にしかない芸術のきらめきもあふれていて。
「世界素描体系」(講談社、別巻含め全6巻。監修 小林秀雄、東山魁夷、山田智三郎)は、中世から20世紀中ごろまでの、美術史に残る膨大な素描を厳選(それでも数千点)して収録、体系化した『Great Drawings of All Time』の日本語版です。
日本語版の序文にもふれてありますが、主に紙に鉛筆、ペン、チョークなどで描かれたほぼ単色の素描は、<画集>という紙の出版物と極めて相性がいいのです。オリジナルに近い状態で再現できるから。
油彩のような完成形は、いくら再現技術が進歩しても微妙な色の階調や絵肌の凹凸は致命的(とわたしは思う)に伝えきれません。大きさについても素描なら原寸大か、それに近いサイズで収録できます。
このシリーズ、縦横のサイズが普通のスケッチブックとほぼ同じ大きさで、上質紙(ページを切り離して額装に耐えるレベル)を使った上にページ数が多いので、各巻が重い!。計っていませんが1冊、3キロはゆうにありそうw。何を言いたいのかといえば、刊行された昭和51年当時、日本にはこれほど豊かな出版文化があったのだという事実。今、こうした新刊企画は考えられません。
ちなみに当時、新刊でセット売り、6巻揃えると約20万円。ひえ〜!ですが、わたしは古本で1万円で入手しました^^;。奥付によると昭和51年11月の4刷。つまり、これを4刷する需要があったということで....まあ、過去を懐かしんでも仕方ないか。
本編4巻部分の構成は1巻=イタリア、2巻=ドイツ フランドル オランダ、3巻=フランス、4巻=東洋、スペイン、イギリス他です。各巻、ジャンルのくくりごとに原稿用紙で20〜30枚程度の解説が付されていて、これがなかなか勉強になる小論文です。素描1点ごとの付記も『いいね!』👍です。
わたしが素描の魅力に惹かれたのは高校時代、レオナルド・ダ・ヴィンチのペン描きのデッサンを知ってからでした。天才の舞台裏のつぶやきが聞こえるようで、わくわくしたものです。
暇に任せてめくっていますが、左利きのレオナルド独特の斜線をはじめ、あらゆる有名画家から知らなかった人まで網羅していて終わりがない。芸術と、それを産み出す人々に、ただ感嘆するしかありません。
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