ことばを食する

くーの、極めて私的な読書覚え書き。誰かにお薦めできると思った本を取り上げます

SF史に衝撃の1冊 中国現代文学から 〜「三体」劉慈欣

 書店の新刊本や文庫本コーナーをぶらぶらして、何冊か手に取り、食指は動くけれど買う決意のつかないことがよくあります。「あれ、まだ読み終わってないし」と、机の上の2、3冊を思い出したりして。「でも、どうせいつか買うなら、今買っておこうか」と思い直したり。同じ自問自答を繰り返し、気づけば店内を放浪して1時間近く。こんな馬鹿なことをやっているのは、わたしだけでしょうか?

 書店で彷徨いモードに入ると、ありがちなのが、当初思いもしなかった本を買ってしまうことです。今回もそうでした。「現代中国最大の衝撃作」と帯にある、SFの大作「三体」(劉慈欣=リウ・ツーシン=、早川書房)。ところがこれが、帰宅して2日かけての一気読みでした。

 

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 1960年代後半、知識人が迫害された文化大革命が第一部(実質的プロローグ)に描かれます。若い天体物理学者・葉文潔(よう・ぶんけつ)は、大学教授で理論物理学者の父を4人の紅衛兵に惨殺されます。彼女も狂気の時代を生き残るために戦い、そして国家の秘密プロジェクト「紅岸」に巻き込まれていきます。

 最初からリアルに現実描写が積み上げられて、人物の彫り込みもしっかりしています。「この書き手、ただ者ではないぞ」と、心の中でうなりました。

 「紅岸」は立ち入り禁止の山奥に、巨大アンテナを展開したプロジェクトで、目的は宇宙空間を巡る米ソの衛星を撃墜すること。というのは偽装で、なんと真の目的は地球外知的生命体探査とコンタクト。

 第二部から時代は一気に近未来に移ります。第一部で蒔かれた種が、どんな展開をみせるか。読み応え十分です。

 物語の本筋とは関係のないエピソードを、一つだけ紹介します。文化大革命時、葉文潔の父を〝反動的学術権威〟として公衆の前で惨殺した紅衛兵は、4人の10代の少女たちでした。時代が移った10数年後、葉文潔は少女たちの消息を追って呼び出します。

 1人は既に亡く、残る3人はもう老婆のようだったり、片腕がなかったり。その片腕の元紅衛兵が、敵だった葉文潔にある映画の話をします。

 「あんたが観たかどうか知らないけど、映画の最後に、セクト争いのあの時代に死んだひとりの紅衛兵の墓の前で、大人がひとりと子どもがひとり、じっと立ってるんだ。『この人たちは英雄だったの?』と子どもが訊ねると、大人は『いや違う』と答える。『敵だったの?』と子どもが訊ねると、大人はまた首を振る。『だったらこの人たちはなんだったの?』と訊かれて、大人はこう答える。『歴史だ』」

 実はこの部分、思わず目を閉じてため息をつきました。時代に翻弄されたわずか10数年前の若者たちに対して、残酷というかリアルというか。

 さて、この本を買った理由をあえて2つ挙げておきます。英語に翻訳され、SFの最高権威であるヒューゴー賞を受けていること。国際的な訴求力が備わった作品だと思ったから。もう1点は、中国人作家ということで「ワイルドスワン」(ユン・チアン、講談社、1993年)が思い浮かんだこと。中国の作品はまず読まないのですが、もしかしたらまた「ワイルドスワン」のような魅力に(ジャンルは違いますが)出合えるかも、と期待したからです。

 「三体」は3部作で、残る「暗黒森林」「死神永生」はまだ翻訳されていません。