ことばを食する

私的な読書覚え書き。お薦めできると思った本を取り上げます

なぜ、こんなにたくさん集めなすった? 〜「ぐるぐる♡博物館」三浦しをん

 どうにも<博物館>というやつは、地味です。

 美術館は、やれフェルメールだ、印象派だ!と、日本人のキラーコンテンツを引っぱってきて企画展をやれば、大都会では長蛇の列。10年近く前、上野公園の某美術館でフェルメールの少女の小品見るために、殺到した大蛇の列=八岐大蛇状態=に悶絶したトラウマが...。(最近は新型コレラで、それはないのかもしれませんが...)

 対して博物館に人が押し寄せて入場制限したことなんてこと、あるのでしょうか。わたしの長くて貧しい人生経験に限れば、聞いたことがありません。

 しかし、眼と心の保養を極めた道楽者・『通』にとっては、博物館こそ穴場なのかも。

 「ぐるぐる♡博物館」(三浦しをん、実業之日本社文庫)は、部屋にいながらにして全国の面白い博物館を楽しめて、行った気になれるルポです。外出自粛の時代にぴったり。わたしは読みながら確実に10回以上、声をあげて笑い、なるほどと頷きました。ルポの出発点は、素朴な疑問。

 なぜ、こんなにたくさん集めなすった? 

 博物館側はどう答えたらいいのでしょうか。思わず吹き出したくなるのをこらえて、考えてしまいました。

 「だって博物館だから」では、つまらない。

 人には、興味あるモノを世界中から収集して、調べて、『あのね、あのね』と伝えたくなる<欲望>が、属性として備わっているから。...などと頭の体操をしているうち、けっこうスルドイ質問に思えてくるから、よけいおかしい。

f:id:ap14jt56:20210608230941j:plain

 三浦さんがルポする各館は、それぞれ特色あるテーマを持つ以下の通りです。

 茅野市尖石縄文考古館(長野)

 国立科学博物館(上野)

 龍谷ミュージアム(京都)

 奇石博物館(静岡)

 大牟田市石炭産業科学館(福岡)

 雲仙岳災害記念館(長崎)

 石ノ森萬画館(宮城)

 風俗資料館(新宿区)

 めがねミュージアム(福井)

 ボタンの博物館(大阪)

 考古学に始まり、宗教、産業、漫画、SMなど、人間愛と好奇心に満ちた観察眼で展示を見つめ、空想と妄想を膨らませ、学芸員さんたちにスルドク質問して展示の背後にある広い世界も紹介してあります。

 そこには、胸熱くなる話も。福井のめがねミュージアムの一角には、小さくてちゃちなサングラスが展示してあります。空の上から敵艦を発見するため、特攻隊員に支給されたサングラス。

 「二度はかけないから、弱いめがね。二、三回かけると必ず壊れるようなものです。たぶん、これも福井県で作られたのでしょう。私たちは『めがねは壊れてはいけない。喜んでもらえるものを作ろう』と先輩がたから習っているから、これはめがねのなかには入れたくないめがねです。こんな悲しいめがねは、もう作りたくありません」

 ......。

 ときにシリアスに、たいていはユーモラスに、ルポは続きます。

 以上の本編10館に加え、おまけで熱海秘宝館(むふふ、のアダルトグッズ)、日本製紙石巻工場(この文庫本の紙の製造元・東日本大震災で被災後に甦った)、岩野市兵衛さん(越前和紙の紙漉き職人)

という番外編もあります。

 読む人によって、番外編の方が面白かったるするのは、この手の構成では<あるある>ですが、さてみなさんはどうでしょうか?

 

 三浦さんは、言葉への愛情を辞書編纂に託して描いた「舟を編む」など、いい小説がたくさんあります。一方で書評やエッセイはどれも楽しくぶっ飛んでいて、小説との落差がなんとも魅力です。

 面識は絶無以前の皆無ですが、大学の後輩なので今回も最後は、勝手にファーストネームで呼ばせてもらいます。

 やっぱり、しをんちゃんは面白いなあ。