川瀬巴水 <目黒不動堂> 昭和6(1931)年
日本を代表する美術品の一つが、浮世絵であることは多くの人が認めるところでしょう。北斎、広重、歌麿....。もっとも、江戸時代のリアルタイムでは風景画や美人図、役者絵と言った庶民が楽しむものだったわけですが。欧米の画家やコレクターがそこに斬新な芸術性を見出して驚嘆し、印象派の画家たちが浮世絵を通して東洋の日本に憧れたのは、美術史の知られた一コマです。
浮世絵という木版画芸術は「17世紀後半以降改良を重ね、技術を洗練させてきた、絵師と彫師、摺師、それらを束ねる版元が支えた高度な分業システム」「江戸期に開花した総合的な文化」でした。
ところが欧米での喝采に反し、当の日本では文明開化以降、浮世絵はすっかり衰退し、精緻な木版の技も失われようとしていました。そんな明治の終わりに、近代的な浮世絵を再興しようとし、昭和30年代初めまで発表された作品群が「新版画」と呼ばれるジャンルです。
「新版画作品集 なつかしい風景への旅」(西山純子、東京美術)は、新版画を代表する作家と作品群を紹介する一冊です。(上記の引用は本書から)
新版画が主なテーマにしたのは、自然や町並みの風景。作家たちによって切り取られた大正、昭和の光景は、浮世絵ほど遠い昔ではない、今の感性につながる懐かしさを漂わせています。木版画の温かいタッチと、木版と思えない精緻さを併せ持って。
紹介されている作家は伊東深水、川瀬巴水(はすい)、吉田博、土屋光逸など12人。この稿の冒頭に、巴水の作品からわたしがお気に入りの「目黒不動尊」を掲載しました。
朱色の不動堂、木々の影と日差しの描写、真ん中に置かれた一人の女性。ノスタルジックで、どこかスタジオ・ジブリ作品と通じるような感触があります。もちろん、ジブリより巴水の方がはるか昔の大先輩です。
著者の西山純子さんは千葉市美術館の学芸員。分かりやすい解説で、新版画の良さを教えてもらえます。
ちなみに巴水をはじめとした新版画、日本より欧米で人気があります。3Hと言えば北斎、広重、巴水なんだとか。アップル・コンピュータの創業者、スティーブ・ジョブスは熱心な巴水のコレクターだったようです。
最後に、巴水をもう1作。あー、これオリジナルがほしいなあ。
川瀬巴水 <品川 東海道風景選集> 昭和6(1931)年