「本屋の人生」(伊野尾宏之、本の雑誌社)という新刊が出たことを、齋藤花火さんのブログで読みました。すぐにamazonに発注し、ふと思いました。ああ、こんな本の買い方こそ、街中の本屋さんが立ち行かなくなった一因なんだろうなと。
東京の新宿区中井にある「伊野尾書店」。2026年3月をもって、つまりこれを書いている時点でいえば来月、閉店します。2代目店主である伊野尾宏之さんが家業を閉じる前に、店の歴史に自分の成長と苦難、喜びを重ねた記録です。
いわば、街中の本屋さんの年代記。悲壮にも、勇ましくもならず、肩の力を抜いてむしろ淡々と昭和から現在に至る出来事や思いが綴ってあります。何かを伝えようとするとき、その姿勢は一番の基本で、一番難しいことではないでしょうか。 
さて、本の要約は「版元ドットコム」からお借りします。
昭和三十二年開店、
令和八年閉店。
材木屋をたたみとりあえず本屋を開いた父。
フリーターからとりあえず本屋を継いだ息子。
新宿・中井の親子二代にわたる本屋の記録と営み。
伊野尾書店は、ただそこにあるだけの店だった。
「ただそこにあるだけの店」。
商店街に溶け込んだ、住民の生活の一部である本屋さんはまさにそんなお店です。伊野尾書店の開店は昭和32年。わたしの生年とほぼ重なるので、読むほどさまざまに個人的な記憶が掘り起こされてきました。
小学生のころは毎月、本屋さんが月刊「少年」を宅配してくれて「鉄腕アトム」や「鉄人28号」にわくわくしたっけ。
中学に上がるころには、雑誌コーナーに女の人の裸や怪しげな週刊誌が並んでいることに気づき、本屋さんが急に吸い込まれそうな魔窟に思えたり...。
一方で文庫本の棚があることを知り(元からあっても、子どもには見えていなかった)、名作文学の膨大な背表紙の氾濫に頭がくらくら、わくわくしたな。
思い返せば、「エロス」と「文学」という人生の禁断の果実を、最初にわたしに教えてくれたのは地元の本屋さんでした。薄暗い照明の狭い売り場面積の中に、雑多な世界を詰め込んで。
この本は序文が「閉店の挨拶」、以下わたしのようなお客さんをいつも迎えてきた、本屋さんの目から見た日常の記録と歴史です。うなずけること、目から鱗の内情など、読み始めると止まらなくなりました。ただそこにあるだけの店の内側に、どれだけの物語があったか。
出版不況になるほど、出版物が百花繚乱という不思議な現在。一方、昔からの本屋さんが、あちこちの街中でひっそり店を閉じています。
ふと立ち止まって気づく、道端の野草の可憐な一輪のような本でした。

