ことばを食する

私的な読書覚え書き。お薦めできると思った本を取り上げます

展覧会図録を漁る 〜イギリス・ラファエル前派

 わたしの古書好きについては、このブログに何度か書いてきました。昨年の秋以降は過去に開催された展覧会図録、特に19世紀後半にイギリスで起きた芸術運動「ラファエル前派」に的を絞って買っています。

 展覧会図録は会期中の会場でしか買えず、たいていは大型本。展示作品をきれいな写真で収録してあるから見て楽しく、巻頭の概論や作品解説が読み応え十分です。

 そもそも展覧会はキュレーターなど一流の専門家が、ある方針や考えに基づいて企画し、作品を選んで集め、展示します。ですから図録冒頭に置かれた挨拶代わりの説明文は、企画者の美術論であり、ときに美術史観に対する新しい宣言です。

 そんな図録を美術館で買うと高いけれど、古本になると安いのです。送料込みでも、ほぼ1冊数百円で買えるからありがたい!。一方、出版社が市販した本ではないので、図書館に収蔵されていないことが多い。

 さて人気作家目白押しの「印象派」なら多くの人になじみでも、「ラファエル前派」は聞き慣れません。それでもヤフオクやメルカリで検索するとヒットします。ラファエル前派、もしくはその代表的な画家であるバーン・ジョーンズ、ジョン・エバレット・ミレイら個人に焦点を当てた美術展は、1980年代から現在まで少なくても日本で20回近く開催され、各地を巡回したことが図録の種類から分かります。

 いつの間にかわたしの手元には、そうした図録が10数冊。古本漁りは、テーマがあるとより楽しくなります。

 印象派の芸術運動がフランスで始まったほぼ同時期に、イギリスで生まれたのがラファエル前派です。どちらも権威とされてきた美術アカデミーへの反抗、否定から誕生しました。

 ラファエル前派という名称通り、彼らはルネッサンス最盛期の天才画家・ラファエルではなく、それ以前の、中世後期からルネッサンス初期のプリミティブな絵画を指標にしました。

 何人か作品を紹介します。

 「嫉妬にもえるキルケ」J・W・ウオーターハウス、1892年、油彩。

 図録「ラファエル前派とその時代」(1985年)から。キルケはギリシャ神話の魔女で、人を動物に変えてしまいます。写実の視点で見れば、衣装に隠された体は異様に胴長か脚長で、肩と足先が離れすぎです。デッサンが狂っている。だから、心の器からこぼれ流れ落ちる嫉妬の高さが増して、より怖い。作家は意図的に、解剖学的な写実より、表現したいことの写実=人間の心の底知れなさ=を優先しています。次もウオーターハウス。

 「シャロットの女」J・W・ウオーターハウス、1888年、油彩。

 「シャロットの女」はロンドンの国立美術館テート・ブリテンにあります。わたしが撮影しました。

 

「黄金の階段」バーン・ジョーンズ、1876-80

 天井まで届きそうな、バーン・ジョーンズの大作です。これもテート・ブリテンにあり、迫力に圧倒されました。

 

 「白昼夢」 D・K・ロセッティ 1880年 油彩

 

 「オフィーリア」 ジョン・エヴァレット・ミレイ 1851-52 油彩

 

 

 「アザレア」 アルバート・ムーア 1868年 油彩

 最後の「アザレア」など、この後19世紀末からヨーロッパで一気に広がったアール・ヌーボーを先取りしたような作品です。

 

 昨年夏にロンドンで美術館巡りをしてから、わたしのラファエル前派関連の図録収集が始まりました。実はもう一つ、17世紀を中心にしたフランドル絵画の図録も物色しています。これはナショナルギャラリーで見たフランドル絵画に、ぐっときたから。

 フランドル絵画の大家といえば、レンブラントとフェルメールです。でもわたしが見たいのは、この2人以外の作家たちの静物や風景、日常生活を描いた風俗画。ただし名前の知られていない画家を集めても集客は難しいようで、例えば「フェルメールとその時代展」のような名称を付け、日本では「おまけ」として作品が紹介されてきた程度のようです。残念。

 少しくたびれたページをめくり、われながら「実にマイナーで安上がりな古書道楽だなあ」と苦笑いしています。1冊何万、何十万円の稀こう本収集には縁も興味もないし。そもそもお金がない。

 絵は図録でなく、実物の前に立たなければ見えないもの、見えないことがたくさんあります。原寸の実物が発しているオーラ、作者の息遣いを伝える細部の描き込みや絵肌の凹凸、筆の流れ、絵の具の艶。ただ過ぎ去った過去の展覧会には、行きたくても行きようがないのです。