北方謙三さんの新しい歴史大作の刊行が始まりました。「森羅記 一」(集英社)は、ユーラシア大陸を横断する大帝国・モンゴルと、日本の鎌倉時代を舞台に、二つの物語が同時進行します。

モンゴルの主人公は、帝国の祖チンギス・カンの孫にあたるクビライ。クビライは後に第5代皇帝に就きますが、物語はまだその前。若い時代の人間的成長や、一族内の権力争いが描かれます。
同時代の鎌倉。幕府の実権は源氏から北条氏に移り、こちらは五代執権になったばかりの北条時頼が主人公です。
そっけなく淡々とした文章は、だから余計に、未来に待ち構える展開に期待が高まっていきます。いつもの<北方節>なのですが、ファンにとってはこれが魅力。ストーリー展開がメロディーだとすれば、文章は楽器の一音一音。同じピアノの一音を鳴らしても、人によって響きがまったく違うのに似ています。すでに文章でいい音が鳴っているのです。
モンゴルは騎馬民族で、水軍と縁がありません。鎌倉幕府もまた、水軍を持ちません。二つの物語をつなぐのが、九州を中心に水運を担った松浦党などの「海の民」です。
モンゴル、鎌倉、海の民という三つの要素がこれからどんな壮大な楽曲を作り上げていくのか。だれしも思い浮かべる最終章は、元寇でしょう。
大モンゴル帝国が分裂した後、クビライが中国に建国した元が海を渡り、二度にわたって日本を攻めた戦いです。全国から結集した武士たちが迎え撃ちました。島国の日本が直接、大国の軍事力に晒されたのは、元寇と太平洋戦争の米軍しかないのでは。
しかし、勝手に先走って展開を想像しても仕方ないですね。1巻はまだ、静かな端緒です。史実を踏まえながらも、わたしたちの想像を超えたさまざまなストーリーがこれから絡み合うのでしょう。壮大なシンフォニーの始まりです。
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