イギリス出発前に少し読み、続きは帰国後にしようと、栞を挟んで机の上に置いた1冊が、「積ん読の本」(石井千湖、主婦と生活社)でした。ちなみに13時間のフライト中、エコノミークラスの狭い座席に呻吟し、行きは東野圭吾さんの「幻夜」、帰りは伊坂幸太郎さんの「ペッパーズ・ゴースト」を読みながら、上空1万メートルを運ばれていました。
無事に自宅に帰るやいなや、記憶と記録が確かなうちにイギリス体験を書き残そうと、溜まった雑用の合間にPCに向かいました。老化による頭脳の衰えを実感しているところでもあり。ところが、何事も計画通りには進みません。
読みかけのまま机に置いてあった「積ん読の本」に、つい手を伸ばしてしまったのです。間の悪いことに、これが面白い。一気に通読し、さらにあちこち読み返す始末。本が好きな人には、たまらない1冊だと思います。帯のキャッチコピーは「この山を見よ」

日常生活を営んでいる以上、本を読む時間には限りがあります。しかも人の一生は短い。愛書家であるほど、読む以上の本がいつしか積み上がっていくのは自然の摂理?です。読まれる事なく、背表紙だけを晒し続ける本が増え、やがて新たな本の増殖で隅に追いやられて見えなくなり...。
この本の序文「はじめに」によると、1906年発行の辞典に「積讀法」という項目があるそう。積読(つんどく)は明治時代からある言葉なのだ。辞書にいわく
<書籍を購ひて讀まず徒に積み置くをいふ>
この本のユニークさは、「積ん読本にはどんな意義があるか」をテーマに選び、真面目に掘り下げたところです。筆者で書評家の石井さんがインタビユーしたのは12人。家の中(書斎に収まりきらない)もしくは仕事場に、どれほどの本があるのか、そのうち積ん読本の量はどれくらいでどんな本が多いか、人生における積ん読歴はいつから始まったか...。
池澤春菜さん(声優・作家、父は池澤夏樹)
「新しくきた本はまず玄関に積みます」.... 来客があっても収納棚の扉が塞がれてスリッパが出せないとか。
小川哲さん(作家)
「積ん読が溜まるばかりで。一部は箱に入れてベランダに置いてます」...雨の日大丈夫なんだろうかw。
辻山良雄さん(書店店主)
「読んだ本しか家にないということは、自分が分かっている世界しかないということ。そんなの、つまらない」...その通り!素晴らしい。
さらに国語辞典編纂者の飯間浩明さんは、<積ん読本があります>というのは
「<毎日ご飯を食べています>というのと同じです」
このほか取材を受けた人それぞれの言葉から、伝わってくるのは知識と言葉への愛着、幅広い好奇心、そして本を溜め込み続ける行為についての潔さです。豊富に添えられた写真も見飽きません。
小川公代さん(上智大外国語学部教授)に至っては「信じていただけないかもしれませんけど、本って生きているんです」とおっしゃる。緩やかに入れ替えが進む本棚はビオトープ(生物群の自立した生息空間)だという。
「本という生物と私が共存して交流する空間と言えばいいでしょうか。ビオトープでさまざまな本とつながることで、私も成長しています」
ということは、わたしの部屋も既読未読さまざまな本が息づくビオトープか。周囲の積ん読本の山に、うっすら抱き続けてきたわが罪悪感。この本を読み進むほど、消え去って爽快になりました。まるで特効薬の如く。そもそもわたしの積ん読量なんて鼻風邪程度なのだ!。で....
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