食べ物について書かれた文章の良し悪しは、簡単に判断できます。あくまで個人的基準によって、ですが。読んで食したくなるかどうか。目で文字を追いながら、口中に唾が滲んでくるようであれば名文です。
多少日本語として乱れを感じたとしても、評価は揺るぎません。逆にどんな名文家の手になる作品でも、食欲を刺激されなければ駄文に等しい。
さて、例えば小説なら、さり気なく出てくる食べ物がおいしそうであれば、例外なくその小説は面白い。池波正太郎さん、北方謙三さんらが代表格ではないでしょうか。
「日本の名随筆26『肴』」(池波正太郎編、作品社1984年刊行)は、酒の肴についての1冊。昭和の時代に活躍した作家、映画監督、音楽家ら37人が、雑誌などに寄稿した随想やエッセーを集めています。
本の性格上、最初から順序よく進む必要はなく、気ままに開いたところを読んで問題なし。わたしは実際にそうしたのですが、これが困ったことになった。
さすが池波さんの目に叶った文章ばかり。各筆者の好みやこだわり、生きてきた歴史が酒の肴に詰まっていて、個性豊かな語り口はどれも楽しく、食欲を刺激されます。読みながら、
「これで一杯やって、箸を口に運びたい...」
と、何度も遠くを見てしまったわたし。
この本、雑用で埋まった毎日に合間を見つけ、3日ほどで「ほぼ」読み終えたました。ところが、ランダムに読み進めたので、本当に全編読了した自信がない。目次をにらみながら、もしかしたらまだ食っていない、いや、読んでいない名品が紛れているのではないかと疑心暗鬼になりました。困った。
タイトルをチェックして、「これはもしや」とページを開くも、すでに既読。で、そのまま再読してしまうこと数回。たぶん、全て読んだと思います...。
巻末の「あとがき」を、池波さんはこうしめています。
ま、酒の肴をいろいろとたのしむのはよいが、もっともよい酒の肴は、何といっても、心をゆるした友との会話だろう。それが証拠に、酒の量が増える。