中学生のころだったか高校だったか、鉄砲伝来について教科書でこう習いました。
種子島に漂着したポルトガル人が日本に鉄砲を伝えた。
正確な文面まで記憶にありませんが、この部分だけ妙に記憶に残っているのは、子ども向け冒険譚の一節のような空気を嗅いだからです。大人になってから、ふと「砂浜に漂着したガラス瓶に外国語の手紙が入っていました」みたいな調子で、本当に歴史が動いたの?.....と思ってしまうのも確か。
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石見銀山(島根県・跡地は世界遺産)を差配していた城主が夜襲で滅んだ時、額に深い刀傷を負いながら助けられた幼い若君・三島清十郎。その半生を描いたのが「五峰の鷹」(安部龍太郎、小学館)です。
時代は室町末期から戦国の世に向かうころ。清十郎は、家臣のつてで密かに京の幕府奉公衆の家に引き取られ、武芸に励んで成長しています。過去の記憶は心に封印され、清十郎は詳しく思い出すことができません。
ところが、惨劇が甦ったかのように、ある夜忍びの集団が家に襲いかかって清十郎を狙います。
鉄砲売買を中心にした南蛮貿易の利権をリンクさせ、京の政権争い、戦国大名たちのせめぎ合いの中を、たくましく生き抜く物語がここから始ります。
やがて清十郎の後ろ盾になるのは、東南アジア海域をまたにかける倭寇の親玉・王直。倭寇というと海賊のイメージですが、実態は船による大掛かりな物流と売買で利益を上げる、総合商社みたいなものです。
ただし当時の明は交易を禁じていたので、形の上では<モグリ>で、堂々と表の世界には出られない存在でした。さて
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種子島に漂着したポルトガル人が日本に鉄砲を伝えたーという教科書の記述は、もちろん史料によっています。wikiに分かりやすい概略がありますが、鉄砲伝来から半世紀後の江戸時代に書かれた歴史書「鉄炮記」に経緯が記されているのです。
興味深いのは、漂着船に乗っていた2人のポルトガル商人の名前に加え、同船し、島では通訳を務めた<五峰>という人物が出てくること。<五峰>は、実在した倭寇・王直の号、またの名と一致するのです。
ん、なんだか役者が揃いすぎていないかい?。
このあたり、小説家としての安部さんの歴史観を刺激したのは間違いないと思います。鉄砲伝来は、嵐による漂着という偶然の結果ではなく、商人たちによる仕組まれた<出来事>だったのではないか。
日本という未開拓の消費地。鉄砲という<キラーコンテンツ>。やがて日本で鉄砲が製造されるようになっても、銃身になる質のいい軟鉄、真鍮などは国内にないため、倭寇を通じた輸入に頼るしかありませんでした。
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主人公・清十郎の生き方が実に面白く、読み始めると止まりません。そして経済という視点から、戦国時代前期の日本を組み立ててあるところが斬新です。
王直に加え、鉄砲で間接的に日本を支配しようと考えるポルトガル人、剣豪将軍として知られた13代・義輝、若き織田信長など、本の帯のフレーズを借りるなら「壮大なる戦国叙事詩」です。
安部さんは2013年に「等伯」で直木賞。本作は受賞後の第一作です。