ことばを食する

本たちとの、出会い、すれ違い、言葉との恋愛。つれづれなるまま記していきます

人はどこにかえるのか 〜「山中静夫氏の尊厳死」南木佳士

 流し読みできない作品、読み始めて思わず背筋を伸ばす作品というものがあり、わたしにとって「山中静夫氏の尊厳死」(南木佳士、文春文庫)は、そんな1冊でした。南木(なぎ)さんは「ダイヤモンドダスト」で第100回芥川賞を受賞。「医学生」「阿弥陀堂だより」(いずれも文春文庫)など、内科医の視点からいのちを見つめた短編を主に発表し、派手さはないけれど、深く心に残る作家です。

 内科医として多くの死を看取った南木さんは、小説を書きながらやがて自らも心を病み、うつ病になって現場を離れました。快復後は、確か死と直接かかわることのない病理医として復帰したはずです。「山中静夫氏の尊厳死」は、南木さんが内科医として苦しんでいた、まさにその時期に書かれた作品です。

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 「私は肺癌なのです」

 診察室の丸椅子に腰をおろすと同時に男は行った。

 という書き出しで、作品は始まります。信州の、山に囲まれた総合病院。紹介状と検査結果を持参して丸椅子に座ったのは、山中さん。主治医になる今井は、ベテランの域に達した呼吸器内科医です。

 山中さんは肺癌が腰骨と肝臓に転移し、予後3カ月から半年。向かい合った今井は、たくさんの死を看取り続けて、心を病みつつある医師です。淡々と、克明に、二人の人生と山中さんの死までが描かれます。

 出歩けるうちにと、入院中の病院から山奥の廃屋になった生家に通い、石をコンクリで固め、自分の墓をつくる山中さん。ただし、命の最後の燃焼を傾けて...という類いの変に力のこもった筆致は、ありません。

 やがて腰骨の転移が悪化し、寝たきりになり、死へ向かう現実がつづられます。現役の医師が現場を書くとき、小説であってもあまりに作為的なドラマなど入り込む余地がないのでしょう。

 尊厳死を完遂しようと、病気の苦痛を除くために治療する今井は、医師であるとともに人間でもあります。彼自身が、同僚の心療内科医にサポートを受けています。

 最後に、今井は山中さんが眠る墓を訪れます。そこで出会う老婆。横なぐりの雪。

 1993年に「文學会」に発表された後、単行本化。2004年に文庫に入りましたが、長く2刷が出ることがなく、今年2刷が出ました。これは映画化されたからでしょう。ただし映画も少予算の制作費で、商業ベースに乗るような(全国一斉公開されるような)作品ではないようです。秋に長野で先行公開され、2020年にまず東京で上映される予定です。

 それも、この小説にふさわしい気がします。大衆受けしないことは、決して作品を貶めるものではありません。時には、だからこそ貴重でさえあります。