ことばを食する

私的な読書覚え書き。お薦めできると思った本を取り上げます

正義や理想があるから 悲劇が生まれる 〜「道誉と正成」安部龍太郎

高校までで学ぶ歴史がつまらないのは、年代や出来事の丸暗記を求められるからです。教科書では太古から現代まで、人の生き様や社会のストーリーが語られることはありません。しかも奈良、平安、鎌倉、室町、戦国...などと時代ごとに章でぶつ切りにして、それ…

2003年(平成15年) ベストセラー回顧

2003年(平成15年)は、SMAPの「世界で一つだけの花」が大ヒットし、森山直太朗さんが独唱する「さくら」もよく耳にしました。なに、当時家族にやや天然の入った明るいキャラが一人いて、聞き飽きるほど歌っていたものですから。流行語大賞は「なんでだろ〜…

彼だけがたどりつけた 松林図の世界 〜「等伯」安部龍太郎

能登半島の入り口にある石川県七尾市は、海に面した静かな市です。前田藩の城下町である金沢より、海路を使えば越中(富山)に近く、万葉時代からから良港を持つ海運の地として栄えました。栄えた面影は既になく、今は人口減少に悩む地方都市の一つですが、…

高校球児殺害に挑む 老犬+加代ちゃん 〜「パーフェクト・ブルー」宮部みゆき

日本の小説に探偵という職業は向かないという指摘を、どこかで読んだ記憶があります。もちろん江戸川乱歩の明智小五郎、横溝正史の金田一耕助をはじめ、日本にも名探偵はいますが、シリアスな設定の現代小説で探偵という職業は確かに使いづらいと思います。…

まっすぐに生きる 裁判の勝者は? 〜「沈黙法廷」佐々木譲

フリーで家事代行を営む地味な女性。彼女の仕事先で、独り暮らしの男性が絞殺されます。やがて、60代の独り暮らし男性の不審死が複数、彼女の周囲で起きていたことが明らかになり...。「沈黙法廷」(佐々木譲、新潮文庫)は骨格がしっかりしているから、安心…

童話のような 小説のような 〜「食堂かたつむり」小川糸

細部の描写や比喩の感性、文章のリズムがいい。さらさらと小川を流れる、透明な水のような味わいです。一方で細部を積み上げた「作品」として全体を見ると、かなりツッコミどころがあるかな。「食堂かたつむり」(小川糸、ポプラ文庫)は失恋して声を失った…

人はむかし 交尾して子を産んだ 〜「消滅世界」村田沙耶香

才能ある作家が、束縛なく想像力を解き放った作品だと思いました。「消滅世界」(村田沙耶香、河出書房新社)は、作家仲間から「クレイジー沙耶香」と呼ばれる村田さんの世界そのもの。誰にも似ていないし、真似もできません。ページをめくれば、読者を引き…